訪れる理由
ロンドン周辺にはケルト系のブリトンの集落跡が点在した形跡が確認される。最初の大きな開拓地はローマ帝国によって43年に創建された。この開拓は17年間続いたが、61年ころブーディカが率いるイケニ族により強襲され焼き討ちされた。また一説には紀元前1103年頃、トロイ王族の孫ブルートゥスがトロイヤ人の一団を率いてイタリヤから移住、「ニュー・トロイ」としてロンドンが建設されたという。紀元前1200年前後のトロイ崩壊後、トロイ王族のアイネイアースはトロイの移民を率いてイタリアに移住、ラテンの王ラティヌスの娘と結婚。ブルートゥスはアイネイアースの孫である。
詳しい物語
最近の2つの発見によりロンドンは考えられていたよりも古くから人が住んでいたことが分かった。1999年に青銅器時代の橋がヴォクスホール・ブリッジの北側の砂浜で発見されている。この橋はテムズ川を渡っていたか、今は無い川の中に浮かぶ島を渡っていた。樹木学では紀元前1500年に遡る木材が使われている。2010年には紀元前4500年に遡る大きな木材で築かれた建物がヴォクスホール・ブリッジ南側の砂浜で発見された。中石器時代のもので機能は分かっていないが、50m×10mの範囲で30cmの干潮時に見ることができる。この2つの構造物は南岸のテムズ川とエッフラ川が自然に合流する地点にあり、ローマ時代のシティ・オブ・ロンドンの上流4kmの場所にある。これらの構造体を構築するのに必要な労働力、貿易、安定性などから少なくとも数百人規模のコミュニティがあったことを示している。
